エリックの変遷に見る宝塚史④・蘭寿とむ版『ファントム』レビュー

特別連載企画・宝塚版『ファントム』全作レビュー、

第三回目は蘭寿とむ版です。

 

レビューにあたっての諸注意は以前の記事を読んで頂くとして、

最初に前置きしておきますが、

当時の小林元理事長率いる劇団の姿勢を大いに批判しておりますので、

だ い ぶ 辛 い です。

 

もちろん、再演物というのはその作品ごとにファンがいるものですし、

スター本人に責任は無いことを前提に書いている、つもりですので

ご容赦下さいませ。

 

【序論と結論編】

【和央エリック編】

【春野エリック編】

 

【2011年花組公演版・キャスト表】

ファントム 蘭寿とむ
クリスティーヌ 蘭乃はな
キャリエール 壮一帆
シャンドン伯爵 愛音羽麗/朝夏まなと
アラン・ショレ 愛音羽麗/華形ひかる
カルロッタ 桜一花
セルジョ/若い頃のキャリエール 華形ひかる/朝夏まなと
リシャール 望美風斗
ラシュナル 瀬戸かずや
幼いエリック 実咲凛音
ソレリ 華耀きらり
メグ 仙名彩世

宝塚も揺らぐ2011年の混乱

 

2011年と言えば、日本では東日本大震災が起きた年。

同じくして、間もなく100周年を迎えるはずの宝塚歌劇団も

その根幹を揺るがす事態に直面していました。

 

2010年、彩吹真央の退団を皮切りに、

96期生問題が大炎上状態のまま、

2011年お正月公演『ロミオとジュリエット』では夢華あみを大抜擢。

同年『仮面の男』という歴史に残る大駄作を生み、顰蹙を買います。

 

劇団は「私たちは何も悪くない」という姿勢を一切崩さず、

むしろファンを挑発するような人事・発表を続けていたわけですが、

その時を同じく公演されていたのが、蘭寿版『ファントム』。

 

この2011年花組版『ファントム』は、

花組トップスター・蘭寿とむのトップお披露目公演です。

 

お披露目公演というのは、タカラジェンヌにとって最も大切な公演の1つであり、

かつ最も輝かしい瞬間でもあるわけですから、

劇団の至上命題は、いかにそれを完璧な状態でファンに提供出来るかであり、

それがプロデュースする立場である者の使命であると思います。

 

では結果、どうだったのか。

まさしく誰も得しない『ファントム』となってしまったのです。

 

誰も得しない『ファントム』

 

蘭寿とむというスターを振り返る時に思うのは

「公演に恵まれなかった」ということ。

 

その代表格がお披露目公演である『ファントム』であり、

彼女の大切な大切なお披露目公演に、

この作品を当てがった劇団のセンスを改めて疑いたくなります。

 

まずもって蘭寿とむはダンサータイプのスターであり、

花男らしいクサさが魅力的な「陽」属性の人です。

 

よって、エリックという人物像とはもちろん真反対のスター性であるからして、

この役は蘭寿の良さを生かすものでは決してありませんでした。

 

改めて公演を見返しても、2時間近い公演の本題より、

冒頭のダンスシーンとフィナーレの彼女の方が

1000倍カッコ良く見える時点で明らかです。

 

「おまけ」の方が良く見えるだなんて、

公演をプロデュースする立場たる劇団への評価は、

最低であるとしか言いようがありません。

 

これで他のスターが魅力的に見えればまだ救いようがありますが、

もちろん、そんなことはないわけで。

 

クリスティーヌ演じた蘭乃はな。

これまた彼女のスター性と真逆な役どころであるからして、

『ファントム』の鍵となるはずのクリスティーヌの慈愛が全く感じられません。

 

全編通して「私だってこれくらい出来るのよ?」という、

彼女の自我があけすけに見えてしまうのは、やっぱりダメでしょう。

 

であるからして「今見返すと、案外普通じゃん」という評価は

全くもって誉め言葉にはなりませんし、

彼女は『オーシャンズ11』のテスのような、

小生意気な何様小娘役の方が、1000倍魅力的に見えます。

 

キャリエール演じた壮一帆。

悪くはないが良くもなく、

これまた彼女をもっと魅力的にみせる役があったでしょう、という感じ。

 

個人的な感想を言えば、顔立ちだからか目をかっぴらいて話すからなのか、

少しサイコパス風味なキャリエールに見えますよね。

 

宗教上の理由で愛する人と結ばれず、

その忘れ形見である醜い我が子を贖罪のように育て

しかし最後には自分の手で殺さねばならなくなる悲劇の男、ではなく、

 

既婚者のくせして自分の劇団員に手を出し、

あげく相手を見殺しにしたうえで醜い我が子を地下深くに放置、

殺人事件を起こす遠因を作ったサイテー野郎、に寄って見えてしまうというか…。

 

シャンドン伯爵は役替わり。

朝夏まなとは、この時点で彼女にこの役は荷が重かったですよね。

後の彼女と比べると、驚くくらいモノに出来ていません。

 

愛音羽麗の方が良かったけれど、

特筆して素晴らしい出来だったかと言われればそうでもなく、という感じ。

ね?まさしく誰も得しない『ファントム』でしょう?

 

前理事長時代の象徴的作品

 

主要キャストが誰も魅力的に見えない公演だなんて、

どういう意図をもって上演させたのか、本当に不思議でなりません。

まさしく「らんとむ」に『ファントム』をさせたかっただけ、というか。

 

そんなオヤジギャクに莫大な金をかけ、

スターとファンにそれを負担させるだなんて、

劇団のセンスを疑うというものです。

 

しかも蘭寿といえば、史上最高倍率48.2倍を潜り抜けた82期生の中で、

入学から卒業まで一度も首席の座を渡さなかった逸材でありながら、

研16まで苦節の道を歩み続けたタカラジェンヌ。

 

そんな彼女の待ちに待ったお披露目公演がこれなんて、

当時のファンの気持ちを思うと何も言えませんし、

このズレたセンスこそが、ファンの神経を逆撫でた

当時の劇団の根本姿勢なのでしょう。

 

一応フォローしておくと、さすが皆さんタカラジェンヌ。

ちゃんと1つの作品として仕上がっています。

 

エリックを演じた蘭寿とむはじめ、

与えられた役を一生懸命こなし、自分のモノにしようとしていました。

で、あるからこそ当時の劇団の姿勢に腹が立って仕方ありません。

 

2011年花組版『ファントム』、そして蘭寿エリックは、

小林前理事長の酷いセンスの象徴的存在だと言えるのだと思います。

 

ま、あまりの噛み合ってなさを楽しむのも一興かもしれませんが、

それは上級者の楽しみ方というものでしょう。笑

 

ファントム・リベンジ

 

本公演の失敗を経て『ファントム』は7年もの長い眠りにつきます。

その間、宝塚は100周年を迎え、

ミュージカルブームの追い風を受け奇跡の復活を遂げたのでした。

 

その栄華たる拍手の音に、

エリックはぱちりと目を開きます。歌いたい――。

 

深い闇に葬りさられたはずのエリックとクリスティーヌは

代替わりした新理事長の手によって、再び表舞台へと出されます。

 

脈々と続く花組の血は、雪組へと舞台を移し、

運命の歯車が周りはじめ、そして次作。

 

続いては最終章・望海版『ファントム』編です。

 

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コメント

  1. こんちゃん より:

    いつも楽しみに拝読しております。スカステ専科の地方民です。

    2010年前後は、正直、自分のヅカファン歴の中でも一番冷めていたころでしたねえ。

    振り返って蘭寿さんの「当たり役」って何だろう、と思うと・・・うーん・・・「逆転裁判」は原作ゲームを知っていたし、本人もノリノリで楽しそうで「よかったね」と思ったけれど、「男役蘭寿とむ」の代表作があれというのも・・・

    当時、家庭の事情で全く遠征できずスカステ専科でしたが、蘭寿さんのファントム以外にも、誰の何とは言いませんが、版権が高そうな「TVドラマのヒット作をそのまま持ってくれば、作品の知名度で客が入るだろう」が透けてみえる作品群がねえ・・・

    リアル俳優の演技の記憶も新しくて、どうしても比べてしまうし、あんまり宝塚の世界観にも、スターのニンにもピントのあっていない役をあてがわれてふうふう演じていて、

    せっかくのスターをもったいない使い方をしているなあ、「この子に当たり役を!と思っている?」と歯がゆかった記憶があります。

    座付きのベテラン作家陣も、大劇場で焼きが回った作品を連発していたしなあ・・・その間にウエクミ世代がバウで着々と力を蓄えてくれていて、「月雲の皇子」や「春の雪」を見た時には「ああ、これで宝塚の寿命も延びた」と一息ついたのを覚えています。

  2. ひぐらし より:

    初めまして。いつも楽しく拝読させていただいています。

    私は蘭寿とむファン(からの朝夏まなと→望海風斗)なので、このシリーズの2011年花組回を楽しみにしつつ、きっとキツめの話を書かれちゃうだろうな、もしかしてボロカス書かれるかも…と少し悲しい気持ちで待っておりました。

    適役ではないメンバーでやってるため、ファンでも出来がイマイチなのは分かってましたし、他のブログ等では結構酷評だった事もあったので…

    でも今回読んで、この作品に抱いてたもやもやをきちんと言い表していただき、逆に気持ちが晴れました。ありがとうございます。

    ファンでも「おい、劇団…」と思っていたのですが、ファンが言ったら言い訳だし、とも思っていたので、後年に客観的にもそう見える(人も居る)というので救われた気持ちです。

    次回雪組回の更新、晴れ晴れした気持ちでお待ちしてます!

    • 蒼汰 蒼汰 より:

      コメントありがとうございます‼
      蘭寿さんファンにそう言って頂けて光栄です…やっぱり記事にするには勇気がいりますので。笑
      当時のファンの皆さんの気持ちを思うと…後追いファンなのに恐縮ですが、なんとも言えない気持ちになります。
      特に若手時代の蘭寿さんのカッコよさ、宙組時代の充実期をスカステ等で見るに、
      なぜにトップ時代の芝居演目はそうなる?と突っ込みたくなりますよね。
      最近は蘭寿さん時代の花組の演目がよくスカステで放送されますので、改めて彼女にしか出せない色香、大人っぽい魅力に素晴らしさを実感します。
      やっぱり彼女もまた、偉大なる花組のトップさんでしたよね。本当に感服です。

  3. AKIRA より:

    2011年花組ファントムはまさに凡作ですね。
     宝塚歌劇本来の煌びやかさも感じれれないし、蒼汰さんが指摘しているように、蘭寿・蘭乃トップコンビにファントムをやらせたかったに尽きますね。特に蘭寿さんはエリックの暗い雰囲気が全然出せていないですよ(振り返ってニコッと微笑むシーンではこけそうになりました)。でも、当時の望海さんや実咲さん、仙名さんを見れたのが幸いでした。 
     仮に、5回目の再演があるとすれば、愛月さんのエリックと夢白さんのクリスティーヌで見たみたい!

  4. ドルチェ より:

    蘭寿さん大好きでした。
    DVDも全作持っています。
    お披露目のファントムは観るたび嬉し涙が溢れたことを覚えています。
    遠征も含めて10回行きました。
    壮さんとの銀橋の場面はほぼ毎回号泣、同期の絆が伝わってくるのが感動的でした。
    蘭ちゃんのことも、歌猛練習したんだろうなと好意的に見ていました。
    蘭寿ファントムの評価が世間ではどうやら低いらしいと知ったのは退団後です。
    時代が違う他の人の公演と比べてモヤモヤしたくないので、他の公演はスカステ録画を飛ばし飛ばし見たことしかありません。
    代表作は芝居じゃないといけないのでしょうか?
    それだと多分オーシャンズかラストタイクーン?
    でも、やはり蘭寿さんがいちばん輝くのはショーです。
    コンガ、Mr Swing、夢眩・・・蘭寿さんなしではあり得ない名作だと思っています。
    トップになるのも遅かったし、劇団の扱いが悪かったという人もいますが、宝塚の顔、花組トップとして100周年に残すため、
    その後の明日海さん、望海さんの活躍も蘭寿花組あってこそと信じています。
    退団挨拶も涙なし、潔い男役の美を最後まで貫いてくれた姿を思い出すと今も泣きそうになります。
    もう芸能活動をしていらっしゃらないので、今の宝塚フアンには忘れられた存在かと悲しく思っていましたが、書いてくれてありがとうございました。

  5. りん より:

    「トップたるもの、駄作も、ニンでない役も、ねじ伏せてこそ」という風潮もあるので、当時は黙って見ておりましたが、今思い出しても「劇団もうちょっと他にやりようあったでしょ」と思いますね、蘭寿さんの売り出し方。

    ①同期の上に出戻り就任(壮さんを他の組に逃がす配慮もない)
    ②ダンサーコンビなのに、お披露目がファントム
    ③ディナーショーはあったけど、花組メンバーでのプレお披露目が無く、5か月ぐらい活動に空白(その間に東日本大震災)
    ④キャリエール役は樹里さん、彩吹さんと芸達者なジェンヌさんが演じてきたものの、トップにならないイメージがついており、迎える壮さんファンも盛り上がりに欠けた

    擁護するわけではないですが、今の劇団の方針だったら、ファンに反感を買わないように、組替え後もファンがついてくるように、色々と配慮したのではないかと感じます。

    トップ就任から本公演ではニンではない役が続いたけど、全国ツアーの「長い春の果てに」や「小さな花がひらいた」は本当にかっこよくて、「この蘭寿さんを大劇場で何度も見て欲しい」と、歯がゆく思っておりました。
    なので、再演であっても「オーシャンズ11」をやれた事は本当に良かったなと思いますね。
    それに、花組オーシャンズは、蘭寿・北翔・望海の3人が滑舌ばっちりでノーストレス、すごく観やすかったです(笑)

    色々書いてしまいましたが、ファントムで蘭寿さんのファンになられた方も沢山いらっしゃるので、当時のネットの声が全てではないのだなと自省しております。
    蘭寿さんのように「ザ・ショースター!!」ってジェンヌさんが、また現れたらいいなと思います。長文失礼しました。