雪組トップ娘役の夢白あやが退団しました。
ずっと応援してきたスターが退団するのは何とも感慨深いものがありますね…。
ずっと更新し逃していた『ボー・ブランメル』の感想を
書いていこうと思います。
色んな意味で足りない『ボー・ブランメル』
率直に言ってしまえば、本作は極めて凡作でした。あっけにとられるほどつまらないわけではないけれど、そこそこ面白いとフォローできるほどの佳作でもない。ただ、凡。むしろ、こんなに面白くなりそうな素材をよくもここまで凪にできたなと軽く苛立ちさえ覚える内容でした。
一人の男が、野心と美貌で社交界をサヴァイブし、その頂点にたどりついた瞬間、かつて愛した女性と再会する。抗えない愛に身を投じ、破滅へと向かう…。宝塚としてあまりにも王道であるはずなのに、全体的に何とも薄かったです。
その原因は、たぶん生田先生が、宝塚の王道である「男女の愛憎劇」と、自分が得意の「アイデンティティ探しの旅」という、二つのテーマをどちらかに絞り切れなかったからかなと思います。さらに言えば、社交界で過去に愛し合った男女の焼け木杭に火がつく流れは『仮面のロマネスク』を思わせ、すべてが終わった後の邂逅は『琥珀色の雨に濡れて』と重なる。つまり、意識的に柴田作品へ近づけようという気配を感じたのですが、ただそれだけだったかな、と。構造をなぞるだけで、その情念の濃度までは再現できていなかったなと思ってしまいました。
そもそもですよ、男女の愛憎を描くのであれば、諸悪の根源は全て父だった、という設定はいらない…というか長かったと思います。それこそ『ひかりふる路』の冒頭のタレーラン(夏美よう)とロラン夫人(彩凪翔)のやり取りのように設定解説はすっきり処理し、そのぶん人物の欲望や衝動を濃く描く方法もあったはずです。
例えば、父からの「壁の向こうに」という呪縛を果たすため、死に物狂いで成り上がった過程をしっかり見せる、とかね。なぜその部分を「親父の遺産で着飾って俺たちのサロンに現れた〜♪」という縣千のワンフレーズで済ませてしまったのか…。ウエクミ先生であれば、巧みに場面に織り込んできただろうになぁと思ってしまいました。
「自分探し」こそイクタイズム
そして何より、「男女の愛憎劇」と言うわりに当人たちの葛藤があまり書き込まれていないのが大問題でしょう。正直なところ、主人公コンビよりもむしろ周囲の人物像のほうが印象に残るんですよね。例えば、ヒロインを助ける存在かと思いきや元カノマウントを取りつつ破滅の参謀を巡らせるデボンシァ公爵夫人(華純沙那)や、夫に蔑ろにされ、美しい顔が歪んでいくキャロライン皇太子妃(音彩唯)。彼女たちのほうがよほど内面が描かれ、芝居のし甲斐があったように感じます。
そもそもヒロインであるハリエットも、ブランメルと同じくらい泥水を啜ってきた人物のはずです。自らの美貌と才覚で社交界を渡り歩き、ついには皇太子の寵愛を得て王室劇場の主演を務めるまでになった。その過程や覚悟が芝居の中で十分に示されていれば、再会の場面はもっと切実になったはずです。だけど実際には「元カレと再会しちゃったどうしよう☆」みたいな軽いノリで話が進んでしまっていて、社会的立場を守る理性と抗えない愛情の間で揺れる葛藤みたいなものが、ない。
これまで必死に社会を生き抜いた二人が、唯一自然に笑えたのがあの若き日だった、みたいな印象も特になく、重要な場面が歌に置き換えられることも多く芝居としてのぶつかり合いが不足していた印象です。このあたり、フランク・ワイルドホーン提供というのが良くも悪くもドラマを規定してしまったのかもしれません。
結果的に、泥水を啜ってでも這い上がった男が、破滅の愛のためにすべてを捨て、「お見せしましょう、私の最後の大芝居を!!」と大見得を切り、愛した女を守る姿こそ真のダンディズムなのだ、というの物語の核が、何とも薄れてしまったというのが私の感想です。しかも、最後の最後で親父が出てくるあたり、結局彼を縛っていたのは過去の真実の愛ではなく、親父の呪いだったのかよ、とね。
ま、ここまで男女の愛憎劇とは何たるかを文句を書き連ねるのは、私が『神々の土地』みたいな愛憎作品を朝美絢×夢白あやで見たかったから、なんですけどね!!←
設定だけ読めばそうなるかもしれない芽はあったのに、結局「自分探し」になってしまう生田先生の好みを責める筋合いはないのでしょう。これがイクタイズムなのだと言われれば、まぁそうですね、と言うしかないし…。
あ、ステージの演出や衣装は非常に豪華で、美術面の完成度も高かったと思います。見栄えは王道な宝塚作品でしたので、そういう意味では組ファンとして楽しめました。
さらば、夢白あや。
そして、今作で退団となる夢白あや。彼女は「103期生」であり「宙組→雪組」という何とも繊細な立場でありながら、その点を過度に取り沙汰されることなく、最後まで走り抜けたことは、色んな意味で良かったと思っています。
タカラジェンヌとしては、マリー・アントワネットとメルトゥイユ侯爵夫人という二役を演じられただけでも大きな財産でしょう。そして、後世から振り返ったときに凄さが伝わりにくかったとしても、この令和初期の時代に『愛の不時着』のヒロインを務めたというのは、時代を象徴する足跡のひとつだと思います。
大きな歴史の流れの中で見ると、気持ち悪いほどのお慕い芸に頼ることなく、あくまで自然体でありながら相手役をきっちり立てる、そんな現代的なトップ娘役像を体現していた点に私は好感を抱いていました。他にも色んな道があるだろうに、タカラジェンヌになってくれて本当にありがとう。
新天地でのさらなる活躍を願っています。
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