長き自分探しの果てに・雪組『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』感想

 

雪組公演感想編、

お次は芝居の『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』編です。

 

 

【レビュー編はこちら】

 

 

長き自分探しの果てに

 

生田作品といえば「自分探し」。男女の愛憎という宝塚の永遠のテーマですら、自分探しの過程におけるダシにしてしまうのがイクタイズム。それがゆえに生田作品は暗くて、難解で、自己愛と自己否定がグチャグチャに混ざったような、口当たりのよろしくない作品が多かったと思うのです(それを一切無しにして内容が無いようになった『CASANOVA』を除く)。だけど、そんな自分探しの果てにたどりついた、大衆受けの極地、それがこの『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』かなと思います。単純に面白かったし、見終えた後のハッピー感が実に良かったです。

連載小説探しをしている最も売れていない雑誌の編集長と、作家を夢見る二流の医者。そんな二者が魔法のペンと想像力のパワーを借りて「名探偵シャーロック・ホームズ」を生み出し、世界的名声を手にしていく…。ここできっかり一時間、明るく楽しいお仕事モノかと思いきや、後半でまた一ヤマ。「本当に自分のやりたいことをしたい」というアーティスト病に罹患し、自己満の大海原に漕ぎ出してしまう主人公。ここのサイケデリックな演出と謎ラップが、いかにもイクタイズムで面白い。

だけどここからの風呂敷の畳方も実にお見事で、「エンタメなんだからなんでもオッケー」という実にメタ的なオチがつくわけですけど、その「僕たちは物語の中で生きている」というのは登場人物たちの話でありながらそれを演じるタカラジェンヌでもあって、そしてそれは現実世界という舞台に生きる私たちでもある、という多重構造的なのが凄いですよね。私たち一人ひとりが得る生きる喜びこそ物語であり、そのささやかな日常を満たすために物語(=ミュージカル=宝塚)が必要である。そんな宝塚歌劇の使命と人生賛歌を、今のこの世相でハッキリと宣言した生田先生の心意気に感激しました。そう、「それでも世界には物語が必要だ!」なのです。

恐怖や不安は想像力が生み出すものだからこその「超えろ!想像力を!!」なのも素晴らしいし、いやー生田先生、冴え渡ってますね。やはり私生活がハッピーだと作品にも良い影響が出るのかしらん?というスーパー下世話な感想を抱きました。←

 

主要キャスト感想

 

では、ここからは主要キャストの感想を。

彩風咲奈の代表作といえば、年度賞を貰った『SUPER VOYAGER!』の海に浮かぶ月(通称:ララランド)の場面ですが、もう1つが『ファントム』のキャリエールだと思うんです。その演目が発表された当時、望海風斗&真彩希帆のドリーム『ファントム』に対し、「彩風咲奈がキャリエール?大丈夫???」みたいな反応が多かったのが事実ですが、制作発表記者会見でのビジュアル披露から一転、「彩風咲奈、スーツに髭が似合うじゃん!!」と多くの宝塚ファンが手の平クルーしたのを覚えています。ってことで今作は、そのキャリエール再びというスーツ&髭であり、絶対に意図的なものだと思いますが、やっぱり凄く似合ってました‼︎素晴らしい体躯をこれでもかと動かしながら、悩み、考え、暴れまくるドイルは今までのどの主演作の中でも一番カッコ良かったと思います。

ヒロインでドイルの妻・ルイーザを演じた夢白あや。彼女はこういった自我のあるおしゃまな女性が良く似合う。ザ・ヒロインという立ち位置でないにしろ、華やかに舞台を支えていました。少しオーバーな演技も物語のスパイスとして効いていて、とても良かったです。

シャーロック・ホームズ役の朝美絢。彼女は強い2番手として、これまで美味しい役をずっとやってきましたが、今回は割と辛抱役、だけどそんな少ない出番をものともせず、インパクトのある芝居と歌唱力で作品に華を添えていました。悪魔ビジュアルでヴァイオリンを掻き鳴らす姿は笑いどころかな。←

逆に退団餞別で美味しかったのが編集長役の和希そら。とにかくカッコ良い!!スーツが素敵!!これぞザ・男役という芝居しがいのある良役です。素晴らしい美声を鳴らしながら洒脱に踊る彼女から目が離せません!!最後にこんな男役冥利に尽きる役を貰えて良かったですね。

 

その他キャスト感想

 

ペテン師・メイヤー教授演じる縣千。これまで王道役ばかりだったので、ここらで味変タイムでしょうか?だいぶ奇をてらった役どころで、なんだか愛月ひかるの『神々の土地』ラスプーチンを想起させますが、それよりはだいぶ路線寄りだった、かな…?けど、メイヤー教授の最後の綺麗なオチこそ本作の見どころだと思いますし、その三下感こそ本役の魅力ですので良かったと思います。

で、逆に正統派下級生役を貰えたのが華世京。アーサー・バルフォアという大臣役で、物語にビンビンに関わってくるポジション。驚くほどセリフも出番もあってガッツリ路線役でしたけど、それを破綻なく演じられていて素晴らしかったです。

娘2格の野々花ひまりは中盤まで全く出番がありませんでしたけど、控え目ながら芯のありそうな妹役が実にピッタリでした。歌唱力の向上も素晴らしく、華純沙那とのデュオは特に聞かせてくれました。同ポジの音彩唯は編集社のメンバーとして出番もセリフもそこそこ有り、良い塩梅でバランスが取れていました。

あとは壮海はるまの新聞配達員役で目立ってましたね。もっと少年役っぽいスターでもいいのに、敢えてミスターポストマン風の青年にしたのがナイスポイント。あと、退団者の1人である沙羅アンナが美味しい役どころで活躍していたこと、諏訪さきの堅実さがいかにも別格枠という感じで光っていたのが印象的でした。

 

オリジナル作品が面白い良い流れ

 

そして何より、多くのモブ団員たちにも綺麗に役を振っていて、等しく出番があったことが宝塚作品として際立ってたと思います。群衆演出も舞台装置も素晴らしかったし、歌も覚えやすくて良かった。あと「ウワサに惑わされて愚かな行動をとる人たち」というのも、なんとも良い塩梅の毒ですな。笑

ここ最近の大劇場公演は『フリューゲル』『鴛鴦歌合戦』と、オリジナル作品(原作の有無という意味でなく)が続いていますが、比較的安定して面白いのは実に良い傾向ですね。…つくづく『PAGAD』がどんな作品だったか分からず仕舞いなのは残念ですが。

スターの身体の負担のため海外ミュージカルを減らそう、ならば座付き演出家のオリジナル作品のレベルを高くしよう、というこの良い流れが今後も続いて欲しいなと思うと同時に、この素晴らしい作品が千秋楽を無事迎えられることを祈っています。

 

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コメント

  1. より:

    お芝居は「タイトル長いな、シャーロックホームズが出来るまでの話?」と思ったらそれだげじゃなく並行して作家の苦悩や側から見たら成功している人間も実は幸せじゃないリアルを感じる話が散りばめられていたり、気づいたらファンタジーな世界にも入っていて面白かったです。数回観れたらもっと先生の色んな拘りが分かるのでしょうね。
    ショーはメリクリもお正月も年またぎじゃないと味わえない、彩風さん在団中の本公演のショーで和物テイストがあっで雪組100周年を祝えて良かったです!
    彩風さんにどちらも合ってましたね。私もキャリエールを思い出しました。あの名作を体感していなかったので観劇して「こんな難しい役をやってるんだ!」と思ったものです。朝美さんもなかなか出て来ないと思いましたが、観終わったら素晴らしい存在感。夢白さんも作品ごとにパワーアップされていて輝きがマシマシですね。そしてそしてつくづく和希そらくんの抜けた穴はデカイとも感じましたね〜。餞別な意味もある場面場面がとても魅力的です。。
    最近、推し始めた壮海はるまくんですが、ジョーのお芝居がとても良いです。そして雪祭り男子になぜ居ない?!と思ってます。高身長なのでどこに居ても目立つんですよね。お芝居、達者な人が大好物なのでもっと抜擢される事を願っております。
    フト、昔のご贔屓の時代に緒月遠麻さんのお芝居に凄く心惹かれたことを思い出しました。笑
    あと1週間、無事に千穐楽を迎えられますように、、。