特別連載企画・宝塚版『ファントム』全作レビュー、
第一回目は偉大なる初演、和央ようか版です。
レビューにあたっての諸注意は
前の記事に序論と結論としてまとめていますので、ご確認下さい。
【2004年宙組公演版・キャスト表】
ファントム | 和央ようか |
クリスティーヌ | 花總まり |
キャリエール | 樹里咲穂(専科特出) |
シャンドン伯爵 | 安蘭けい(星組特出) |
アラン・ショレ | 鈴鹿照(専科特出) |
カルロッタ | 出雲綾 |
セルジョ/若い頃のキャリエール | 初嶺磨代 |
リシャール | 遼河はるひ |
ラシュナル | 悠未ひろ |
幼いエリック | 和音美桜 |
ソレリ | 彩乃かなみ |
メグ | 花影アリス |
和央演じる繊細な少年「エリック」像
初演含め、これまで4度上演されている『ファントム』において
この初演版エリックはそれ以後と全く違う人物像となっています。
それはずばり、エリックがナイーブな少年であるということです。
暗い地下で育ち、愛情を知らず、
それがゆえに繊細で傷つきやすく、斜に構えている。
だけど皮肉めいては決してなく、純真たる心を持ち合わせている少年。
だからこそ時に残酷に暴れまわったり
時にクリスティーヌに無邪気に甘え、
キャリエールに駄々っ子のように文句を言ったりする。
それが一番如実に表れているやりとりが、
最後のキャリエールとの親子名乗りのシーンでしょう。
肉親たる父親を認識し、
嬉しいんだけれどもそれが素直に表現出来ない少年らしさが
「僕が水面を覗き込んだ日のことを覚えてるぅ?」
「僕は海の化物を見たと思ったんだぁ。」などの語尾によく表れています。
そして最もたるは「でも声は良いだろう?」という台詞回し。
春野以降のエリックが放つこの言葉は、
自分の歌唱力に絶対の自信があり、だけど現実世界では生きることが出来ない、
そんな自分への嘲りや皮肉が含まれているんだけれども、
和央版は全く違うニュアンスが含まれます。
自分の顔について「バリトン歌手にも向かない」と冗談で返された父親に
「でも…声は良いだろう?」と拗ねて甘えて聞き返しているんですよね。
これは春野以降のエリックでは全く見られない傾向で、
今見返すと非常に新鮮なんだけれども、
当時を思うとなんとなく納得がいくものもあります。
そう、どこかで見たことがあるなと思っていたら、
『エヴァンゲリオン』のシンジ君的な、
2010年以降の「ゆるブーム」前の屈折した少年像まんまなんですよね。
2000年前後から増加した少年犯罪の影響で、
当時は「傷つきやすい少年少女」にフォーカスが当たった
ドラマや漫画が多く生み出されましたけれど、
そこに描かれるような「繊細な少年」を、
宝塚的に演出したエリック像だと言えると思います。
この2004年前後に思春期を過ごしていた自分としては
なんとも懐かしい役作りだと思いましたけれど、
逆にこれをあの宝塚で表現したということに驚きを隠せません。
でもそれがきちんと舞台で成立しているのは、
和央の王子様的キラキラビジュアルに、独特な発声法、間や表情のつけ方で
実に自然に等身大の繊細少年を構築しているからだと言えるでしょう。
花總まりとの愛のシンフォニー
そしてヒロイン・クリスティーヌを演じた花總まりも凄かった。
ご存じの通り、彼女はトップ娘役として在位12年を誇る「女帝」として有名。
当時はトップ就任10年目の研14で、
既にエリザも激情も鳳凰伝も出演済みなわけですが、
その風格はどこへやら、驚くほど「無」だったのです。
歌姫として強く打ち出すでもなく、
悲劇性を増すような芝居をするでなく、
ただエリックを見つめる無垢な少女を演じ切った。
やろうと思えばいくらでも大きくクリスティーヌを演じられたはずなのに、
敢えて一切しなかった。これって凄いことですよね。
彼女のような実力とキャリアがある娘役は、
何もせずとも舞台ではオーラが発せられてしまうはずなのに、
それをヴェールで隠し通し、無垢なる少女を演じ切ったということ。
その方がこの『ファントム』の世界観を構築するのに、
そしてエリックがよりカッコ良く見える演出となることも
分かっていたからこその芸当だと思うと、さすが女帝様と言わざるを得ません。
そんなトップコンビによる『ファントム』は、
紛れもなく愛の物語なんだなと改めて実感します。
最後、クリスティーヌの腕に抱かれながら
「You are Music 二人の調べは生きる証」と見つめ合いながら歌う場面なんて、
まさしく少女漫画的幻想世界をよく表現している名シーン。
周りの雑音なんぞ一切聞こえず、
「もうお互いしか見えていません!!」という
この世界にはあの2人しかいないような、ロマンティシズム幻想。
つまり和央版『ファントム』は、
クリスティーヌを通してのエリックの魂の救済こそが物語の主題であるために、
シャンドン伯爵との一時の甘い夢も、キャリエールとの和解も、
全ては2人の愛の物語に帰結するための過程にしか過ぎないんですよね。
これが春野版以降の『ファントム』とは大きく異なる点でもあり、
「なるほど、これでこそ宝塚だな」と思わず膝を打ちたくなるような
完璧な世界が構築出来ている所以だと言えるでしょう。
タカハナゴールデンコンビの光と影
和央ようかと花總まり、
通称「タカハナコンビ」はゴールデンコンビと称され、
まさしく当時の宝塚を牽引していたことは間違いないでしょう。
この2人の作品を今見返してみても、
実に独特な幻想世界があり、
まさしく「宝塚を見たな!!」とさせてくれる、稀有なコンビだと思います。
さらに当時の宙組は創設したての新しい組で、
東京での常時公演化、新専科制度による組替えの多発など様々な変化の中で、
芯の通った安定感のある組運営を運んだという意味でも、
長期政権を張った2人の劇団への貢献は計り知れません。
そんな中、宙組版『ファントム』が上演された2004年は宝塚90周年の年であり、
その一環として一時的な2番手シャッフルを行っていました。
宙組は水夏希と大和悠河を放出し、
当時星組であった安蘭けい(花總と同期!!)と、
「新専科」に在籍していた樹里咲穂が『ファントム』に特別出演。
簡単に言えば、歌えない2人を出し、
歌唱力に定評のある2人を貰ったわけですから
いかにこの『ファントム』に力を入れていたかが分かがるというものですし、
事実この2人の活躍こそが公演の成功の鍵となったのは間違いありません。
その一方で、タカハナコンビ時代は
他のスター(特に下級生や娘役)はほとんど出番が無いために
「動く大道具」と揶揄されていた時代でもありました。
特にこの『ファントム』では、
男役は特出した安蘭と樹里に押されて大した出番も無く、
娘役はカルロッタ以外は出番皆無なうえ、さらに衣装の安っぽさったらない。
さらに言えば、安蘭も樹里も、
それはそれは素晴らしい歌唱力で『ファントム』を支えていましたが、
それらは結局、和央と花總の愛の物語のファクターに集約されてしまうんですよね。
もしかしたら有名ミュージカル『ファントム』ですら、
2人の愛の物語の依り代でしかないと思うと、いやはや末恐ろしい。
和央と花總が作る世界観は、圧倒的な魅力を持つその一方で
そんな商業的成功の影で涙を飲む者たちがいたことを思うと、
まさしくゴールデンコンビの光と影だと言えるでしょう。
逆に考えると、この和央版『ファントム』が
次の春野版以降で全く違う作品へと変容していったのは
この影と涙の上で成り立つ甘いファンタジー幻想たる世界観は
まさしくこの2人にしか作り出せなかったからと言えるのかもしれません。
変容する『ファントム』と宝塚歌劇団
和央版『ファントム』が上演されたのは2004年と書きました。
これは宝塚90周年でありながら、
実は前理事長である小林公一氏の理事職就任年でもあります。
トップが変われば事業の特色も変わる。
他の数多の企業同様、宝塚歌劇団もゆるやかに変容していきます。
そして間もなく、ゴールデンコンビとして宝塚を牽引した和央と花總も退団。
それは『ファントム』上演からあと2年後、
春野主演で『ファントム』を上演した2006年の話になります。
理事長が変わり、タカハナゴールデンコンビも宝塚に別れを告げたことで
いわゆる「古き良き宝塚」は遠い存在となっていきます。
そう振り返ると、この和央版『ファントム』というのは
そんな懐かしい宝塚的ロマンティシズム幻想を味わえる
最晩年期の作品と言えるのかもしれません。
そして同じく『ファントム』という作品を上演し、
ゴールデンコンビから「宝塚の顔」という立場を継承した、
花組の帝王・春野寿美礼がどのようなエリックを描いたのか。
続きは次の項にて。
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コメント
私はこの二人の舞台には興味すらないので宙組版は見ていないのですが。
退団後もしばらくこの二人の蜜月は続いたものの、現在は破綻しているという事を念頭に置いて読ませて頂くと、何とも…な気持ちになります。
なるほどなぁ。
時代背景とセットで考えると面白いですね。
このブログで和央ようかと花總まりの話あんまり出てこないから面白い。
そうそう、当時の宙組の組子かわいそうだな、2番手3番手全然育ってないと思ってたんですよ。
でも、見れるってすごいなと思ってたんですけど、トップコンビの力がどれほど凄いのかということがわかりますね。
組全体の歌唱力で魅せるのは初演ファントムでしたね。
色々思ってることを言語化してくれてスッキリです☆
春野ファントム楽しみー。
初めてコメントさせていただきます。
感想拝見いたしまして、見る人が見るとやっぱり違う印象になるのだなぁとしみじみ感じました。
というのも、私は和央版ファントムを当時生で拝見し、ブルーレイも見ているのですが、クリスティーヌ、エリッ二人の愛の物語より、親子の物語の方を強く感じたからです。
特に樹里キャリエールと和央エリックの「お前は私の息子」は涙なくしては見れず
(この場面は実際ショーストップが起きるほど素晴らしいものでした)
未だに望海版ファントム含めて樹里和央場面を超えるものに出会えておりません。
総合の完成度としては望海版ファントムが好きですが。
そして花總クリスティーヌに対しては違和感が拭えませんでした。
私は花總クリスティーヌはもう当時旬を過ぎていたこともあり、若づくりにしか見えず、少女性を見出すことができませんでした。
(花總作品はトゥーランドットまでは本当に大好きでしたが、その後は微妙です。上手いのですけど、物足りない感)
180度違う見解にやっぱり見る人が違うと得る感想も違う、だから芸術て面白いのだなと改めて気持ちを強くしました。
皆がそれぞれの意見を持ち語れるのが、キャストを変えての再演の良い部分ですね。
これからも人事考察や感想、楽しみにしています!