宝塚歌劇団が誇るウルトラヒットメーカーでありながら、
今年3月で退職?退団?した演出家・上田久美子。
読売新聞にインタビューが掲載されていましたね。
非常に興味深い内容であったと同時に、
なぜ私がここまで上田久美子作品に惹かれたか、
その理由が分かった気がしました。
私が上田久美子作品に惹かれたワケ
とても興味深かったのが、この一文。
一種、すごくマーケティングを意識しました。例えば、出演者がポスターでどういう衣装を着ていたらチケットが動くか。そういう観点で仕事をしました。そしてストーリーの骨格にきちっと何かの意味や文学性があった方がより感動もするのでそれも入れていく。だから文学的なものを書きたいから作品を作ったというよりは、まずその出演者の人たちに何かいいものをやってほしい。そういうやり方である種の仕事としてやってきた。
-惜しまれる宝塚退団、演出家・上田久美子「世界に資する作品つくりたい」より引用-
アーティストなら誰しもがぶつかる壁、
それは「自分が表現したい」ことと「売れる・評価される」ことの違い、
そのベクトルの重きをどこに置くか、ということ。
芸術家として表現したことが高く評価されることが一番幸せ。
だけど現実はそう甘くなく、
売れないものをずっと店先に並べておくのは、商売人としては失格。
そんな中彼女は、実に計算高く顧客を意識し、
自分のやりたいことよりも作品としてのクオリティの高さを優先させ、
作品を作ってきた、ということなんですね。
宝塚が好きなファン層の心に響く作品とはどのようなものか、
あるいはスターのどんな姿に心惹かれるのか、
緻密に計算し尽くされた作品群、それが上田久美子作品である。
そしてそれは、宝塚というものに強い興味の無い、
ライトな視点だからこそ出来たことでもある、と。
これつまり、100周年以降の宝塚歌劇団の拡大、
「阪急のオジサマたちがしたいようにやる」をしてきた結果、
先細りした劇団を「開かれた宝塚」として裾野を広げた小川元理事長の価値観と、
ほぼ一致しますよね。
それは同時に、私のモノヅクリの観点、
つまりこのブログの運営方針とも一致する、と。
なるほど、だから私は彼女の作品が好きなのか、と合点がいきました。
ハナから彼女は「評価される」作品作りに全神経を注いでいた。
だからあれだけのヒット作を生み出せた。
こう書くのは簡単ですが、それを実際に舞台上に表現し、
そして高い評価を得られたのは、すさまじい才能です。
上田久美子の退団劇に思う
そんなモノづくりをしている最中、
彼女は本当に表現したいものとは何かを考えるようになった。
ニヒリズムである彼女が、
男女の間の愛憎という「美しい嘘」をつけなくなった。
これからは現実を突きつけられることが逆に活力になるような作品作りをするため、
退路を断つことによってしか本気になれないから敢えて退職した。
…というのが筋書きのようです。
うーん、鮮やか。
あ、何が鮮やかって、ここまでの一連の流れが、です。
そもそも彼女が退職したのは令和4年3月。
発端は知りませんが、何故か突然SNSで「上田久美子退団説」が流れ、
まことしやかに噂されるようになります。
上田氏はタカラジェンヌと違い、
記事にもある通り「サラリーマン」的ポジションなので、
劇団がわざわざ退職をHP等で告知するのは、おかしい。
なので劇団お抱えのサンケイ系列に一本記事を書かせてワンクッション置き、
まずは系列の梅芸主催公演『バイオーム』で、
喧嘩別れじゃありませんアピール(と同時に阪急からのハナムケでもある)。
からのイタリアオペラの2公演、
『道化師/カヴァレリア・ルスティカーナ』の上演発表で、
留学予定だけでなく、新仕事も順調に来ていることを示唆。
さらに上田久美子が『星逢一夜』にて、
読売演劇大賞・優秀演出家賞を受賞したことから、
今回のインタビュー記事に相成ったと。
んで、さらにインタビューの中身にもある通り
「一応、引き留めてくれますけど。でも穏便に。浪花節の残る温かい会社だと思います」
-惜しまれる宝塚退団、演出家・上田久美子「世界に資する作品つくりたい」より引用-
と、彼女からも円満退社&劇団の温情アピールと、最後まで抜け目のない感じ。
あ、半分私の妄想が入っていますが、
一人のヒットメーカーの退職劇としては見事百点満点ですね。
あと蛇足ですが、インタビューの中で、
――一緒にやってきたタカラジェンヌたちが辞めていくのがつらかったとかそういう感覚は。
「ゼロです。全くない。人間同士の友達として、辞めた後も交流のある人もいますけど、スターとしての彼女たちへの思い入れはないタイプですね」
-惜しまれる宝塚退団、演出家・上田久美子「世界に資する作品つくりたい」より引用-
とわざわざ話しちゃうあたり、
自分の考えを寸分違わず伝えたがるウエクミらしくて笑ってしまいました。
よっぽど珠城りょうとの添い遂げ退団説を否定したかったのね、という。
ま、たまたまタイミングが一緒だった、ということなのでしょう。
日本の舞台界を牽引する存在へ
実際、劇団との間でどのようなやり取りがあったかは分かりませんが、
劇団が上田久美子に相当な期待を掛けていたことは明らかです。
彼女が手掛けた本公演7本中、4本が退団公演ですよ?凄すぎますよね???
だけど彼女はもう、美しい嘘がつけなくなった。
というより本来彼女がやりたかった作品は、
きっと『FLYING SAPA』のような世界観であり、
それは『BADDY』『fff』あたりでも少し首をもたげていましたから。
「もう作りたくない」と言われてしまったら、劇団も引き止められませんよね。
最後は縁深い珠城りょうとの『桜嵐記』に、
退団後一発目は梅芸主催の公演をと、
一企業として精一杯の送り出しをしてくれたんじゃないかと思います。
(エンタメ業界では辞めた人の足を引っ張るようなことをする風潮があるものです。)
そして当然、彼女のようなヒットメーカーを他所は放っておきません。
これからは新天地で頑張っていくことでしょう。
さらなる進化を遂げた彼女が、
いつか劇団にガチガチのヒット狙いな新作を作ってくれる日が
来ることを望んでしまうのですが…現実は厳しそうですよね。
さらば上田久美子、日本の舞台界を牽引する存在として、
これからのさらなる活躍を期待しています。
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コメント
マーケティングの視点、素晴らしいですね。
ヒットメーカーも納得です。
これからも日本の芸術界を牽引していっていただきたいと思います。
「性分、だな。」
(fff彩風ナポレオンの一節より)
今回のインタビュー等で、上田先生が奈良ご出身と知りました。
侘しい吉野の行宮に咲き誇るのは、(青春を過ごした)京の都にも劣らない千本桜。限りを知るもののふと、散り様も見事な「さくら」。短くも激動の時代の結末。
自身の集大成としても完璧やなオイ!と唸りました。
ソウタ氏のおっしゃる通り『大衆性』と『らしさ』のバランス、『ソロバン』と『ロマン』の塩梅が絶妙な方。
演劇にとどまらず、地上波ドラマや映画界でも活躍の場があるかもしれませんね。三谷幸喜・クドカン・ウエクミと称される日を楽しみに待ちたいと思います。
シメは、桜嵐記の月城正儀から一節。
「劇場はオレの遊び場やー!!」
円満退団でしたら、是非、外部作家あるいは演出家として
時に登場していただきたいものです。
荻田先生もですが。・。。
蒼汰様
いつも楽しみに拝読しております。ライビュ専科の地方民です。
うーん。私も、永続的な愛なんて信じてはいません。
でも、作り手が「私は永遠の愛なんて信じていませんが、宝塚ファンはこういうものをお望みだから作ったまでです。」とバッサリ言われて、しばらく
「上田久美子さんの作品を見て感動した時間はなんだったのか」と考え込んでしまいました。
プロとして、マーケティングの視線は当然だと思います。でも、今のタイミングであえて「嘘をついていました。もう美しい嘘はつけません」とわざわざ発言せずとも。10年後くらいに「実はね」ならわかるのですが。
今後の朗読劇の内容やオペラの演出が、宝塚時代の作風とは全く違うものになるから、チケットを買う時は気を付けてくださいね、という忠告だとは思います。
それは確かに…もうちょっと夢を見させてくれてもいいのに、わざわざ覚まさせんでもって感じですね。
私は作り手の感情とその作品を別離して見られるタイプですが、嫌な人は嫌でしょうね…。
良い意味ですごい「職人」だったということが伺える内容でしたよね。宝塚が変わっていくタイミングともとてもマッチして…
そして退団(退職?)のタイミングとかについて、彼女の難解な作品を必死に読み解こうとする時の如く、無理に深読みして、非常にウェットな感想を述べているファンも多くて疑問だったのですが、ご本人は至ってドライに、センチメンタリズムとは遠い所にいたんだ、ということがわかってどこかホッとしました。
いつも楽しく、興味深く拝見しております。
上田氏の退団劇…、そうなんですね、なるほど。
大いなるマンネリ、キラキラ眩いの虚構空間、夢の3時間を過ごし、また現実に戻る…の繰り返しをもう何年続けていることやら。
マリア皇太后は「私は帰りますよ、あの大地に」と、見果てぬ夢を語ったように、大劇場という土壌に、もし何かが息づいているのなら、いつの日か新たな作品で少し里帰り、な~んて上田氏に望むのは、まったく愚かな私の妄想でしかありません。
素晴らしい「先生」でした。
感謝です。
蒼太様
いつも楽しく拝読させていただいております。
上田先生の手がけた作品のうち4本が退団公演と本文中にありますが、3本ではないかな?と思うのですが。。
私は上田久美子作品がどれもとても好きで、退団を知った時は本当にショックでした。。でも、これからは、宝塚のフォーマットにとらわれず、色んなところで、人で、彼女の才能と挑戦が見られるようになると思うと、とても楽しみです。
金色、神々、fff、桜嵐記で4作です。トップ娘役も立派な退団公演かなと。
新たな環境で挑戦するウエクミのその心意気にアッパレ!ですね。