開かれた宝塚・大衆化の暗部と問題点

 

今から約10年前、宝塚歌劇団は96期問題に直面しながらも、

ミュージカルブームという後押しを受けながら、

100周年を機に収益をV字回復。

 

それは当時の小川理事長の旗本で、

海外ミュージカルの積極的な活用やライブビューイングの拡大など、

閉ざされた秘密の花園・宝塚を究極的に大衆化した結果の成功でした。

 

…が、今直面している問題を振り返った時、

この大衆化が全て良い方向に転がったわけではない、

というより、劇団の体制が旧態依然過ぎて、

時代の変化に追いついていないと思う部分が多数あります。

 

本日はそんな宝塚大衆化に伴う問題点について、

私の考えを述べていきます。

 

時代の変化についていけていない宝塚

 

今の常識では考えられないかもしれませんが、

宝塚歌劇団は「花嫁修業の場」とも呼ばれる場所だったのです。

 

だから、衣装を自分で洗濯したり、様々なものを手作りしたり、

あるいは究極の上下関係の中で理不尽な仕打ちをうけたりすることも、

それは三つ指ついて家庭を切り盛りするための花嫁修業の一環だったのでした。

うーん、時代ですよね。

 

ところが、いまや大衆化して開かれた宝塚歌劇団は、

日本を代表する一流のエンターテイメント興行へと変貌しました。

その分、求められるクオリティも必然的に上がってきます。

 

ですから、本来ならば外注するようなことも、

自分でやってこそ美徳という価値観が、

時代の変化とともに追いつかなくなった、という問題があるように思います。

 

さらに言えば、スター本人が様々な小道具を、

自費で賄っているというのも常識では考えられません。

 

ヘアスプレー、ドーランといった消耗品はまだしも、

カツラだとか、ヘアアクセだとか、

やり始めたら止まらなくなるものまで自費購入&自作という恐ろしさ。

 

それは金銭的な問題だけでなく、準備する時間も取られるわけですから、

それがスター本人にどれだけの負担を強いるものであったか、

劇団も分かっていただろうに、完全に「見ないフリ」していたわけです。

 

新人公演の価値観の変容について思う

 

そんな、時代の変化と旧態依然の歪みの極地こそが、

私は新人公演の価値観の変容だと思っています。

 

そもそも、なんで新人公演をライブ配信するようになったんでしょう?

正直、こうなってしまうことは予見出来たわけで、

その第一報の時から私は反対の立場を表明していたわけですが、

でも、結局配信されたら喜んで見ていたわけですから、同罪ですよね…。

 

コロナ禍の時に昔の新人公演が一挙放送されたのを見た際に驚いたのですが、

85~90期あたりが主演を務めていた時って、

今見るとビックリするくらい緩いんですよ。

終演後の長の挨拶なんて、マジで高校生の学芸会レベルのアットホームさ。

(普通に「えっとぉー、」とか「ありがとうございましたぁ」みたいな口調なのです。)

 

これが、時代の流れとともに、新人公演にすらクオリティが求められ、

しかも口うるさい品格警察ファンがSNSで叩いたりするもんだから、さぁ大変。

 

さらにここに、ライブ配信化が決まり、

今までのような内輪の、失敗もオッケーな、アットホームな発表会から、

完全なる収益の場へと変貌してしまった。

 

その分、求められるレベルも高まり、

準備も練習も熾烈を極めたことは想像に難くありません。

しかも西が潰れて東だけになったら、ぶっつけ本番で配信されるわけですから、

それがどれだけ新公学年の負担になっていたことか…。想像を絶します。

 

しかも、今回の一連の報道で驚いたのですが、

新人公演の長の期が助監督のような立場として、

事務的な準備もしていたらしいじゃないですか?

 

それは、舞台人として演出のノウハウを知るため、

という意味合いがあるのかもしれませんが、

本当のところはただのコストカットですよね。

あ、有り得ない…。そんなことが罷り通っていた事実が理解不能です。

 

アンバランスだった宝塚歌劇団

 

つまり、宝塚歌劇団の大衆化やファン層の拡大、

ならびにコロナ禍における唯一の収入源であるライブ配信の拡大により、

スターに求められるハードルはどんどん上がっていった。

 

その一方で、劇団はコストの部分の見直しは行わず、

スターに金銭的・時間的負担を強いて搾取し、

面倒な部分は見ないことにして良いとこ取りしようとしていた。

 

そしてスケジュールは過密を極め、体力的にも精神的にも限界を迎え、

これがスター本人の人格すら歪め、若手は追いつめられる結果に…。

というのが、今の宝塚の大きな問題だと思います。

 

けど、もしかしたら木場理事長は、

その方針を転換しようとしていなのかもしれません。

なぜなら2024年は年8公演となり、

少なくとも年9回公演の時よりも時間的な余裕を作ろうとしていたからです。

 

だけど、全ては遅過ぎました。

劇団が言うところの「今後の改革の方針」というのは、

そういう部分の改善が求められているのでは?と私は思うのですが…。

 

果たして、どのような方針を取るのか、

今は劇団の発表を心して待ちたいと思います。

 

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コメント

  1. コスモス より:

    こんにちは。いつも分かりやすく様々な視点で記事を書いて下さってますが今回の記事も流石だなと思い読ませてもらいました。なるほど、生徒さんによる様々な手作りはそうした昔の社会的な背景(花嫁修業など)の影響もあったのですね。時代の変化への対応の必要性を「伝統」という都合の良い解釈で蓋をされてきてた面もあるかと。恐らく初期の宝塚では衣装やアクセサリーなどももっとシンプルな作りだったと思いますが、今の舞台での豪華さ、クオリティはすごいですよね。そしてファンの目線はそうした小道具にも向き、賞賛も批判もありますから必然的に生徒さんが寝る間を惜しんで作ることになるのも想像できます。そりゃ拘束時間も長くなり慣れない下級生は大変だろうと思います。(もちろん上級生も)

    あと、私も今回の件で知った宝塚の体制で一番驚いたのは新人公演です。配置やフォーメーションの設定などまで新公長が考えるなんてありえない。演出家の手抜きとしか思えないです。私は新人公演は大変だけど下級生が芸事だけに集中して鍛錬し成長できる環境なのだとばかり思ってましたし、実際そうあるべきだと思います。でもそうではなかったし、劇団はそれらの配慮を怠った罪は重いと思います。亡くなられた生徒さんの過酷さを改めて感じ、辛いです。

  2. コスモスハート より:

    蒼汰様

    おっしゃる通り、と思います。かつての宝塚は親が、良い花嫁修行になる、というイメージで、将来のためにも良いことだ、そんな感じと聞いていました。
    今、全く違うと思います。
    芹香さんが攻撃されたりしている面もありますが、そのようにならざるを得なかったという側面もあるというのが、改革の必要性と思うところです。同感です。

  3. ヅカ歴研23 より:

    またまた失礼します。
    ヅカ歴研23の娘役ウォッチャーです。

    仰ることにうんうんと大きく頷きながら読ませていただきました。
    私が宝塚を見始めた2000年頃はスカイステージもなく、SNSも今ほどなく、推しを見るのはステージ上か出待ちに行く、お茶会に行く等の限られた手段しかありませんでした。
    ですが今や様々な媒体を通して監視されているような閉塞感すらあるように思います。新しい服を着ようものならすぐに『◯◯さんが今日の〜〜で着てた服は××ブランドのこれ!』と特定され値段も公開。息苦しくないのかなぁ…と思っていました。
    その情報を見て『そうなんだ〜』と思うだけの人もいれば『品がない』『安すぎる』『下級生なのにブランド過ぎる』『似合わない』『生意気』等々の辛辣な意見を載せる人もおり…。多感な年齢のジェンヌさんにとっては辛いのでは?と思うことも多々。

    時代に合わせて変えていくものは変えないと、ジェンヌさんをがんじがらめにし、親御さんの財力が在団生活そのものに大きく影響を及ぼす文化の醸成に繋がる気がしてなりません。
    (私が受験を目指していた頃からその気配はありましまが、今やもっと強いのかと。)

    良い方向に変わってくれることを願って止みません。

  4. マリー洗濯ネット より:

    こんにちは。
    宙組ファンです。

    全文納得です。
    以前別ジャンルで追っかけをしていましたが、化粧品は自腹だったもののカツラやアクセサリーは会社持ちだったので宝塚は変な文化だなぁと思っていました。
    普通に考えて劇団が用意した方が良いですよね。
    その方が統一感もありますし。

    時代遅れと言えば、昨今の物価上昇に伴いだいたいどのエンターテイメントもチケット代、グッズ代が値上げしている中宝塚だけは値上げをしていませんね。
    負担があるのであれば、適切な値上げは必要だと思います。

    多忙は心に余裕をなくしてしまい人に当たってしまう事もあると思うので、少しでも負担軽減できるよう劇団には工夫して欲しいところです。

  5. Orange芋 より:

    新公については同じことを言ってる人がいまして、「ちょっと前までは学校の学芸会みたいな感じで、未熟でセリフもたどたどしい感じで本当に『まだまだこれから感』があったけど、今の子たちは本当にうまい。すぐにでも出せる仕上がりだけど、この前の新公はちょっと前のような雰囲気の未熟感があり、それはそれで見ごたえがあって非常に良かった」と。

    今は仰るとおり、配信もあり、すぐに感想や意見がSNS上にあふれ、誰の目にもつきやすく、批評家を気取っているのか頓珍漢なことを言ってる人もいますし、すぐに生徒さんの耳に入ることもそれなりに多いと思います。
    それがプレッシャーや周りの目を気にすることにもなりかねないし、年若い方は真面目に受け取ってしまいがちです。

    私などある程度年を取ると、「ふーん」と流せることも多いですけど若い頃は言われたことをずっと悩んだりしたものです。

    身体を休める期間もそうですが精神、心もゆっくりできる時間をジェンヌさんにあげたいです。
    次から次に演目が発表され、ファンになった頃の私など「終わったらすぐ次の演目のこと考えないといけないじゃん」とびっくりしたものです…

  6. ゆうまま より:

    こんにちは、いつも興味深く拝読しております。

    今回の記事もさすがの洞察力、思わず唸ってしまいました。

    私は80周年頃からの宝塚ファンですが、スカイステージ開局から変わってきたように思いますね…。
    それまでは役がつかなければファンもつきようがなく、各世代の選ばれた1人っ子がノブレスオブリージュで育っていく感じだったかと思います。
    新人公演の映像もwowowでちょっと見られるくらいでしたし、カセキョ級の大抜擢が頻繁に行われていました。

    先日雪組プレ100周年のトークショーで新人公演の話になり、和央ようかさんはオスカル役で股の間にサーベルが挟まり、安蘭けいさんは主演の時に歌詞を忘れたという話をされていたそうです。
    また、和央さんは6年間ほとんど一路さんの役ばかりだったそうですが、一路さんは覚えてなかったそうで…新人公演なんてそんな程度だったのかもしれないですね。

    これからどうしていくのかとても興味深いですが、ファンとしてはもう批判ばかりせず、これからも応援していきたいなと思っています。

  7. たね より:

    蒼太様

    的確なご意見、いつもありがとうございます。

    時代錯誤も甚だしい歌劇団ですが、ここが正念場ですね。
    大きく変るチャンスなので、逃してほしくないです。
    きちんとした対応を望みます。

    新人公演、かつてはそうでした。
    最後の挨拶もほんわかとしていて、現在のように何度もアンコールもなかったような…。
    スカイステージが出来て、更に新人公演の配信がなされるようになり、より生徒さんたちにプレッシャーが大きくなっているのでは。

    コロナで一度ストップしたとき、生徒さんたちはゆっくり休めたような感じがしました。リラックス出来ていたように見えたからです。

    公演期間の見直し、劇団で働く総ての人たちの労働条件の見直しや組の管理の在り方など、課題は山積です。

    少しでも生徒さんたちの待遇が良くなり、負担が軽減されることを望みます。
    まずは、劇団がどのような報告書を提示するか、見守ります。

  8. 五條 より:

    なんか調べてみたら、宙組のカジロワ新人公演で若手が結構派手にやらかしたらしく…で、真風はじめ上級生がかなり怒ったと。なので、今回の新人公演かなり厳しくやってたみたいです。
    私が聞いたわけではないので詳細は控えますが、客席に聞こえてはならない若手の裏の音声が聞こえちゃった?とか。
    宙組の若手が舐めてるってのはこれか!と合点がいきました。でも恐らく、昔はこのくらいでも許されてたと思うんですよね。今は見せ物としてガッツリ金取っちゃってますからねえ…。

  9. PY より:

    今回の事件は、ファンである我々にも間接的にでも少し責任があるのでは、と思ってしまいます。(個人的な意見ですが)
    タカラジェンヌが過酷を極めるのはファンであれば少なからず知っていたはずです。
    娘役が二徹でヘア飾りを作り上げたり(しかも自費)、本公、新公、代役稽古もあり、生徒さん達のインタビューでも過酷さが垣間見えます。
    とある娘役が既製品のヘア飾りを使ったのがSNSかで分かって叩かれていたりしましたよね。
    タカラジェンヌに求めるクオリティをどんどん上げ、血と汗と涙滲む裏側は全て「秘密の花園」で蓋をして、華やかなサイドだけを楽しませてもらっていたわけで…。

    亡くなった生徒さんが発したSOSに寄り添わずその後の対処にも劇団に批はあるのは勿論ですが、我々ファンも宝塚の独特の文化に魅力を感じ、その文化を一緒に作り上げて居たと思います。
    既製品のヘア飾りぶっ叩きは悪い例ですね。

    劇団がこれから方針を示す改革によっては、宝塚の伝統が無くなるものもあるかもしれません。宝塚が変わっていくことを受け入れる覚悟はあるのか、問われている気がします。
    そして、我々が楽しんでいた文化の為に1人の尊い命が犠牲になってしまったこと、悲しいです。

    あ、新公ライブ配信は無くなっても致し方ないと思います。

  10. ヅカおばば より:

    旧大劇場の時代から宝塚を見てきました。2度ほどズブズブに関わってきた身からしたら、蒼太さんがおっしゃる「大衆化」が始まった頃から劇団もファンもギスギスしてきたように思いますね。特にスカステがあり、全公演の配信が当たり前になった昨今、映像で舞台を語る、という愚の骨頂のようなファンや、海外ミュが一番みたいなファンが多くなったような気がします。求めるレベルが「宝塚」じゃない人たち。

    もちろん縦社会の競争社会なのでイジメなんて昔からあったはずですが、上級生で庇ってあげる人はいなかったのかと思います。アットホームな宝塚は無くなってしまったんですね。

    劇団は「自主練(生徒だけつまり新公の長が責任者)は強制ではない」「罵詈雑言は愛ある指導の行き過ぎ」とかで済ますつもりなんでしょうか。お気の毒だけど責任はありまシェンって、やりそう。

    別箱を減らし長期の休暇をつくる(かつては実家でゆっくりしたり、旅行したりできたのに)、公演回数(平日は基本1回公演)を減らすとか、儲けが下がるけどの方向へ持っていけるでしょうか。以前番組でダイキホが退団して「久しぶりに夕陽を見た」って。悲し過ぎる。

    いずれにしても、はっきり見える形を示してほしいですが、できるかな?
    かつて阪急ブレーブスが身売りした時、野球好きの男たちは「宝塚の方を売れよ!」「宝塚閉めろよ」って怒っていたのを思い出してしまいました。

  11. うちやね より:

    宝塚は細かい部分からもっと現代基準に合わせて大変革しないといけないと思います。劇団側はもちろんですが、見る側のあり方も。

    蒼汰さんが述べられたカツラやアクセの手作りが時間を束縛してしまうケースもそうですし、上級生を絶対化してしまいがちな姿勢等…音楽学校を卒業したら直で人気劇団に入れて、無料の劇団レッスンにお給料も貰えるということ自体は良い待遇だと思うのですが、その分悪い伝統や風習も停滞しやすいというデメリットに対してジェンヌ以外の外部の手が入るべきなのに…。

    と同時に、体力を使うだろう稽古の前夜遅くにまで手作りしている男役・娘役魂を称えるのも、上級生からの厳しい指導があったという話を本人たちが受け入れているからと言って、その厳しさの度合いを具体的に気にすることなく美談にし過ぎていたのも、他の界隈のオタクをしているときなら心の内に留めるでなくもっとはっきりNOと声を上げていたよな、とハッとしました。
    もちろん、自分が身につけるものは絶対自分でこだわって作りたい人や、どれだけビシバシ言ってもお互い平気な位信頼し合っている関係もあるでしょうが、それを全体に当てはめる見方を改めないといけない…。

    今回の件はご遺族のご意向通りに事が進められるべきなのは当たり前として、その上で何かしらあるであろう加害者側に対する処分に対しても、劇団の対応への視線と同じくらい理性的でないといけないと思いました。若い頃から関係者全員の面倒を見てきた劇団への信頼が揺らぐのは当然で、その上でじゃあジェンヌ側の責任はゼロなのか?と言われたらそんな訳ないでしょうし…。

    まとまっていない長文失礼しました。

  12. おむらいす より:

    バリバリ平成後期生まれの学生ヅカオタなので、昔は宝塚が花嫁修行の場でもあったことにとてもギャップを感じてしまいました。ぜ、前時代的、、でも確かにそうですね。。

    私は娘役さんのお稽古着や衣装、アクセサリーをGRAPHで見るのがとても好きです。でも寝る間を惜しんで作ったものは、言葉を変えれば大量の時間外労働として見做されていることにハッとさせられました。

    それにしても、全て自費なのはジェンヌさんに負担がかなり大きいですね。どこまでを自分で作ったりするかによりますが、外注は必須です。いい舞台を作るためにも体だけは壊さないで欲しいですね。

    ライビュでもSNSでもそうですが、今の時代は「見られる」意識がとても強くなっていると感じます。ルネサンスさんが仰るように、その緊張感に対しての風通しが本当に少ない(コロナ禍でなかなかジェンヌさんは旅行にもカフェにも気軽にいけなくなっていましたし)。

    劇団からの「今後の方針」が良いものでありますように。。

  13. 初観劇は2歳で雪組 より:

    生まれも育ちも宝塚のお隣、西宮市民です。
    子どもの頃から宝塚は身近な存在で、阪急今津線にある学校に12年通っていたので、駅ではポスターが貼ってあり、電車内や近隣駅や地元の駅でジェンヌさんを見かけるのは当たり前の生活でした。

    私が子どもの頃は、ピシッととんでもなく姿勢が良く髪の色や服装ですぐわかるタカラジェンヌのお姉さん達が、視線を浴びても堂々と歩いておられ、全ての方がトップスターに見えるほどキラキラしている姿が子どもながらにかっこいいなぁと思ったものです。

    今は今津線からの乗り換えの中枢駅にあるショッピングモールで見かけることが多いのですが、だいたいの方が帽子を目深に被り、もちろん現在もマスク姿で険しい顔で足早に歩いている方が大半で、SNSで何を言われるかわからないこの時代、宝塚の方達も生きづらいんだろうな…と、娘でもおかしくない年代の彼女達を見て心が痛くなっていたところのあのニュースでした。

    年に数回気になった演目を観に行ったり、知り合いのお嬢さんが所属する月組は全て見に行っている程度のライトファンですが、
    昔より本当にスタイルも良くキレイな方が増えたと思う一方で、ここまで間違いもせず揃えて踊る姿に少し苦しさが見える気がしてしまい、彼女達は夢を叶えて幸せなのかな、と。。。
    最近は何だか息が詰まりそうな、親として心配する気持ちのような、何とも言えない感情がありました。

    ご遺族の全文は読んでいて本当に辛く、戻っては来ない愛娘を想う気持ちが痛いほど伝わってきました。

    人は皆未熟です。完璧な人間はいません。
    どうか内部の方も、私たち外部の人間も人に優しく、人を批判するのではなく全てを受け入れる大きな心を持って、
    世界中のすべての人が昨日より今日、今日より明日がちょっと優しくなれたら…と願っても止みません。

  14. 香織 より:

    分かっていたファンは、時間の問題だと思っていたと思います。
    私や周りも歌劇に投稿するなどしておりました(掲載される事はありませんでしたが)。
    結果、残念な事にこのような大きな被害と共に公になってしまいました。
    個人の会を黙認し、生徒の持ち出し分やチケット等をそれに依存している点においては、ファンも旧時代的な運営方法の犠牲の一部となっているとも感じております。
    そういった事も含め会社の運営になると、数字に響くであろう事は予想されます(それが正常ではありますが)。
    そもそも電鉄会社の「歌劇事業部」なわけですが、会社から切り離される、というか切り捨てられる、という事がないように、今は祈っております。