やっと星組全ツ公演『アルジェの男』をスカステで拝見しました。
いやー、本当に素晴らしいの一言ですね。
礼真琴の安定した舞台技術はもちろん、
主演者としての求心力、
それに引っ張られ個性を爆発させる星組生たち、
そして最初からそこに馴染んでいたかのような愛月ひかる。笑
メンバーが一丸となってで作り上げた、
とても見ごたえのある作品だったわけですが、
その中でとりわけ心惹かれたのは、礼真琴の「芝居」。
というわけで本日は、
彼女の「芝居」にまつわる個人的な一考を書いて行きます。
最初に断っておきますが、
芝居というのは歌やダンス以上に
個人の趣味・趣向が反映されるものであるため、
あくまで個人的な雑記であることをご承知おき下さい。
優等生がぶつかった表現者としての壁
礼真琴は、舞台者として完璧に近いタカラジェンヌです。
そしてそれは、若手時代からずっとそうだったと思います。
今、改めて単独初主演作品『かもめ』を見ても、
その優等生っぷりに感動してしまいます。
朗々と響く歌声はもちろん、
セリフがよく通る低音ヴォイスに滑舌で
等身大の「苦悩する青年」を自然に演じ切っていました。
研6にしてこの完成度。
ここから『黒豹の如く』で新公最終学年でのラスト主演、
『鈴蘭』で2度目のバウ主演、
そして『こうもり』で研8にして正3番手にまで上り詰めます。
若手らしい「爽やかさ」と「がむしゃら感」が本人の魅力に繋がり、
かつ、高い舞台技術で組を支えた彼女の姿を振り返るに、
これで人気が出ないわけがないというものでしょう。
そして体制が変わり『THE SCARLET PIMPERNEL』。
研9にしてついに正2番手に辿り着き、
続く『阿弖流為』で東上主演も果たします。
まさに順風満帆、絵に描いたような御曹司コースなわけです、が。
ここで今まで黙っていたことを書きます。
実は私、この2017年頃の
礼真琴の芝居が少しばかり苦手でした。
その理由を今、改めて振り返って思うのは
カッコイイ男性を演じようと
過剰に表現し過ぎているからかなぁと思うんですよね。
男役スターの芝居にまつわる2タイプ
そもそも、タカラジェンヌは女性です。
女性が男性を演じる上に、
さらに別の誰かという役に成りきるということ。
宝塚の芝居は、そんな二重構造の上に成り立っています。
それを前提に、男役スターが男性を演じるにあたって、
少しでもカッコ良く見えるように男性性を過剰に表現するタイプと、
そこに本当に実在する男性として自然に演じようとするタイプの
2パターンのスターがいると個人的には考えています。
前者は足し算の芝居をするタイプ、
後者は引き算の芝居をするタイプ。
前者は、昔懐かしい典型的宝塚男役スターの王道タイプ。
後者は、古き良き宝塚らしさを追求しながらも現代的なタイプ。
端的な例を挙げるとすれば、
前者は柚希礼音、後者は明日海りおでしょうか。
で、礼真琴の芝居は
明らかに前者タイプでしょう。
いや、少なくとも『かもめ』『鈴蘭』の頃は
苦悩する役を演じてもどこか自然な爽やかさが感じられたのに、
スターとして経験を積むごとに、
どんどん足し算タイプになっていった印象です。
それは、敬愛する柚希礼音のフォロワーとして
彼女の芸風を真似、極めようとしたとも言えますが、
そもそも彼女は「可愛すぎる」と批評されてきたスターですから、
男役として少しでもカッコ良く見せたいと模索し続けてきた結果でしょう。
その研鑽は入団から始まり、
『THE SCARLET PIMPERNEL』のショーブランという印象的な悪役、
かつ柚希のターニングポイント的役を演じるにあたり、
いかにも宝塚らしい「クサい芝居」は頂点に達します。
そして『阿弖流為』。
作品のクオリティはもちろん、礼の身体能力も十二分に発揮された、
とても素敵な公演だったと思うのです、が。
今度は宝塚らしからぬ「大衆演劇」的な熱さに振り切った、
男クサいというよりは汗クサい芝居で舞台を構築しています。
それが生の舞台で観たときに求心力となって
観客を惹き込むパワーとなっていることはもちろん分かります。
にしたって、ちとこれは気負い過ぎでしょう。
これが「宝塚的」かと言われると…むむむ、痛し痒しな印象ですね。
かように当時の彼女の芝居を振り返ると
色んな意味で振り切り過ぎて過剰な印象なのですが、
それはやはり2番手スターとしての重責が原因なのかもしれません。
もちろん、当時研9であることを思えば
充分過ぎるほどの舞台技術なわけですが、
そこで満足せず「男役はどうあるべきか」をがむしゃらに模索し、
その過程で舞台人として壁にぶつかってしまったのかもしれません。
一皮剥けた『霧深きエルベのほとり』
そんな礼の芝居においてのターニングポイントは
『霧深きエルベのほとり』のフロリアンかなぁと思います。
このフロリアン、現代の宝塚でも珍しいくらいの白い役で、
意外や意外、礼にとっても本公演では経験が無いほどの王道的二枚目像。
そんな役を演じるにあたり、
礼は徹底的に引き算の芝居をしています。
例えば、カールにかける言葉が綺麗事半分強がり半分だと分かるような表情と動き、
シュザンヌにふと零す本音、
ピアノを弾く後ろ姿だけで見せる、複雑な心境。
過剰に身体を動かしたり、声色を変えるのではなく、
その表情で、間で、ささやきで、フロリアンを表現するということ。
「温故創作」というスローガンのもと再演された、
THE・宝塚的な世界観を持つ古い作品の中で、
今までとは逆ベクトルのアプローチで本公演を演じきったことは、
彼女にとっても大いなる経験となったはずです。
そしてこれが契機となり、
『THE SCARLET PIMPERNEL』から試行錯誤してきた芝居について、
彼女は一つの答えを掴んだのでしょう。
本題の『アルジェの男』でさらに発展、飛躍していました。
のびやかなハイトーン、なまめく低音、変幻自在な身体能力、
時に女性を冷たく突き放し、時に女性を優しく心ごと抱きしめ、
猛獣のように鋭く冷たい瞳を光らせた次の瞬間には、
男役の王道としての包容力を魅せる…。
クサ過ぎず、でも柴田節全開な宝塚的世界観を
見事なバランスで表現し切っていました。
紆余曲折のもとに辿り着いた彼女の芝居の一つの答えこそが
『アルジェの男』なのだと言えるでしょう。
2番手期間の大切さを改めて思う
「男役10年」という言葉がある通り、
宝塚の男役というのは
10年経って初めてスタート地点に立てるほどの険しい道です。
『THE SCARLET PIMPERNEL』『阿弖流為』が研9だったことを思えば、
表現者として壁にぶつかったことも、
試行錯誤してきたことも、全て必要なことだったのでしょう。
トップ就任目前にして、
彼女は「男らしさ」という宝塚的虚像を見事に表現する術を会得し、
見事完全無欠のスーパースターに進化したとも言えます。
そして同時に、もともと優等生であった礼が
2番手期間にさらなる成長を果たしたことを思えば、
この期間がいかにスターにとって重要な時間であるのかが分かるというものです。
色んな役に出会ってこそ表現者として色が深まり
それが本人の魅力に、人気に繋がっていく。
歴代の星組公演という名の「礼の成長物語」を見返し、
それを改めて実感したのでした。
現在、礼のトップお披露目公演である『眩耀の谷』が
目下公演中だったわけですが、残念ながら休演となりました。
彼女のさらなる飛躍を期待するとともに、
どうか無事千秋楽までたどり着けることを祈りたいです。
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