エリックの変遷に見る宝塚史③・春野寿美礼版『ファントム』レビュー

だーーーいぶ放置していたのですが、笑

やっとこさゆっくり書く時間が出来たので、

特別連載企画・宝塚版『ファントム』全作レビューを再開したいと思います。

 

 

第二回目は花組の帝王・春野寿美礼版です。

レビューにあたっての諸注意は

前の記事に序論と結論としてまとめていますので、ご確認下さい。

 

【序論と結論編】

【和央エリック編】

 

【2006年花組公演版・キャスト表】

ファントム 春野寿美礼
クリスティーヌ 桜乃彩音
キャリエール 彩吹真央
シャンドン伯爵 真飛聖
アラン・ショレ 夏美よう
カルロッタ 出雲綾(専科特出)
セルジョ/若い頃のキャリエール 愛音羽麗
リシャール 未涼亜希
ラシュナル 桐生園加
幼いエリック 野々すみ花
ソレリ 華城季帆
メグ 華耀きらり

春野寿美礼・男役というナルシズム幻想

 

古き良き宝塚の男役の魅力というのは

結局のところ、究極のナルシズム幻想だと思うのです。

 

男役スターというのは「男性」性の象徴、

つまり、世の女性が理想とする男性像を強調し、

それをもって男女の恋愛、あるいは男同士の友情を表現するということ。

これが宝塚という興行事業の根本原理だと言えます。

 

特に平成中期頃の、現在のような男女平等的価値観の前の時代は

「黙って俺についてこい」的な関白宣言のような男性、

あるいは「騙されたくなるような悪い男」的ホスト芸こそが

現実からかけ離れているからこその理想美とされていたような印象です。

 

という大前提で、花組の帝王・春野寿美礼について。

私は彼女こそ宝塚男役像の究極美だと思うんですよね。

 

甘いビジュアル、男役らしいスタイル、抜群の歌唱力とダンス、

誰よりも男役像を追求し、誰よりも黒燕尾が似合い、

型にハマろうとしない一方で、宝塚らしさも大切にする表現方法。

 

花組生え抜きのトップスターとして圧倒的人気を誇り、

タカハナ時代後の宝塚を牽引した、まさにトップオブトップな存在でした。

 

その一方で、彼女は舞台人として出来過ぎる男役であるがゆえに、

今、公演を見返すと「孤高の人」という印象があります。

ハッキリ言えば、男役というナルシズム幻想がことさら強いんですよね。

 

例えば『エリザベート』のトート。

私の目には、惚れたシシィを必死に手に入れようとしている、というより、

彼女を翻弄する「自分」に酔ってるように見えます。

 

どれだけベタな恋愛物をやろうとも、

相手役たるトップ娘役の中に愛と救済を求めるわけではなく、

あくまで宝塚の男役としての美を追求し続ける舞台構築。

 

それこそが春野寿美礼の魅力であり、

この相手役に愛と救済を求めないナルシズム幻想は、

瀬奈じゅん、明日海りおと引き継がれているように私は感じる…

というのは蛇足ですかね。笑

 

恋愛物語から親子愛の物語へ

 

ということで本題の春野版エリック像について。

彼女のエリックと初演版・和央エリックとの大きな違いは

「弱さ」の表現だと思います。

 

誰からも愛されず、だからこそ自分に自信がなく

ナイーブで繊細がゆえに世の中を恨み、

地下に「逃げ」ながらも鬱屈とした怒りが燃え滾る和央版エリックに比べ、

春野版エリックの堂々たる様ったらありません。

 

地下深くに生活しながらオペラ座をファントムとして「君臨」し、

社会とは根絶しながらも自分の歌唱力には自信がある様子。

 

だけれども、結局は自分の理想世界の中だけでしか生きられない。

それを自覚しているからこそ、

全てを諦めているかのような繭籠りナルシズム青年たる、エリック。

 

であるからして、和央エリックがクリスティーヌという女性と出会い、

彼女の愛の歌で救済されたのとは実に対照的に

春野エリックは、クリスティーヌのことを心から愛しているかと言われれば、

そうは見えないように思います。

 

クリスティーヌはエリックの中の「理想の世界」という、

ナルシズム幻想の中の一つのファクターでしかない。

 

それは、春野エリックが最も感情を爆発させたのが

キャリエールが許可なく地下(理想世界)に降りてきたその瞬間であり、

ビストロ成功後の喜びの分かち合いをシャンドン伯爵に盗られたり、

素顔を見せたクリスティーヌに拒否された時でないことに象徴されています。

 

と同時に、そんな彼を現実世界に引き戻したのは、

母の化身・クリスティーヌではなく、

実父・キャリエールであったことは実に興味深いですよね。

 

「本当は父親なのかも?」と思いながらも、

結局は自分の理想世界の中に逃げていたエリックが

実父からの告白によりついに現実に戻ってきて、魂が救済される。

 

そう、ここに来て『ファントム』は

男女の恋愛物語から親子愛の物語に変容したのです。

 

娘役ではなく、同じ男役の中に魂の救済を持ってくるあたり

実に男役至上主義的花組らしい『ファントム』だなぁと思いますね。

 

春野体制花組の充実期を楽しむ

 

そんな春野版『ファントム』を形作るに、

当時の花組は実に充実した組体制でありました。

 

まず、今作がお披露目公演であったトップ娘役・桜野彩音。

彼女は歴代4名の中で群を抜いて歌えないクリスティーヌだったわけですけれど、

それが気にならないほどの可憐さはお見事。

 

前述の通り、今作は男女の恋愛物語ではなく、

あくまで親子愛の物語であるがゆえに、

クリスティーヌは押し出しが強過ぎてはいけないわけで、

その点、純粋無垢な少女性が良く出ていて素晴らしかったと思います。

 

そしてエリックを救済するキャルエール・彩吹真央。

彼女といえば宝塚人事の被害者的立場でよく名前が挙がりますが、

どの時代の何の作品を見ても、安定感ある舞台作りは流石の一言。

 

今作においては、春野の3期下でありながら父親役にきちんと見えるし、

何よりもその甘いマスク&声と紳士的な所作に、

そりゃモテるだろうなぁ、仕事も出来るだろうなぁと思えてしまう存在感。

彼女が宝塚卒業後に舞台で大活躍するのも分かるというものです。

 

続いてシャンドン伯爵・真飛聖。

彼女のキラッキラ王子様感たるや本当に凄い。

クリスティーヌがロマンチックな夜に口説かれて

クラっと来てしまうのも分かるというもの。さすが元星組の王子様。

 

そして熟練たる出雲綾&夏美ようコンビも、

それだけでお金を取れるほどの圧倒的クオリティ。

 

当時はまさしく春野体制花組の充実期と言え、

その完成度こそ春野版『ファントム』の成功に繋がったのだと思います。

 

宝塚は盛者必衰の理をあらわす

 

そして私は序章で全『ファントム』の中だと

この春野版が好きだと書きました。

それは上記のように、全キャストが任に合った役柄であるだけではありません。

 

ヒロイン以外の主要キャストが

海外ミュージカルをやるに相応しい歌唱力を持ち合わせたうえで、

春野のナルシズム男役芸と桜乃のお慕い芸の組み合わせが

宝塚的な夢々しさもあり、非常にバランスが取れていると思うからです。

 

そしてこの親子愛にフォーカスを当てた『ファントム』表現が、

後の蘭寿、望海版に大きく影響を与えたことを思うと、

劇団側も「成功」と認識していたことの証でしょう。

 

そしてこの大成功を受け、『ファントム』は5年の眠りにつきます。

だけれどもこの5年間は…あまりに長い時間でした。

 

この5年で宝塚は大きく様変わりをします。

本当に100周年を迎えられるのか、宝塚は終わってしまうのではないか。

ファンが気をもむような出来事が多発します。

 

『ファントム』の成功の翌年には、春野寿美礼は惜しまれつつ退団。

そのわずか数ヶ月後、期待に夢膨らませ、あの96期生たちが宝塚の門を叩きます。

そして劇団の迷走は誰にも止められないレベルで暴走し…。

 

ということで次は蘭寿版『ファントム』編です。

 

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コメント

  1. はっちゃん より:

    蒼汰さん、わたしの為に書いてくれたの?!と思っちゃうくらい、満足、満足感!この時代の花組、大好きです。

  2. みね より:

    ずっとずっと花組版ファントムの回を待ち望んでました!執筆ありがとうございます!
    彩吹真央ファンとしてはもちろん、当時の花組ファンとしてもかなり嬉しい言葉…。
    お披露目のエリザベートもしかり、オサさんトップ時は実力者が揃っていた印象が強いので、当時学生だった私も「組子がしっかりしているから、トップがトップらしく君臨できるのか?はたまたトップの実力が組子を引き上げているのか?」と生意気にもヅカ友と議論しておりました笑
    残り2回のファントム記事、引き続き楽しみにしております!

  3. AKIRA より:

    こんにちは!
    さて、ファントム4作を私の好き度で選ぶと、①2004年宙組、②2018年雪組、③2006年、2011年花組となります。蒼汰さんお気に入りの2006年花組バージョンを何回も見直しましたが、何となく鼻につく感じがして馴染めません。仰る通り、春野さんは歌ウマですし宝塚王道版ファントムなんでしょうけれども、そもそも現代チックな宝塚歌劇にハマった私としては、なんの興味も関心も持てなかった当時の演劇がそこにありました。しかし、2004年宙組バージョンは何回見ても飽きません。ラストシーンでは必ず泣いてしまいます。実存主義とでもいいましょうか、リアルな人間味や男女の愛が描かれていて、とても引き込まれてしまいます。2018年雪組も素敵ですが、やはり初演のドマラチックな演出から見るとイマイチなので雪組押しの私としても2番としました。結局、演劇表現の好みがそれぞれ違いますので、以上、あくまでも私の主観でコメントさせていただきました。
     

  4. こんちゃん より:

    蒼汰様

    いつも楽しみに拝読しております。ライビュ専科に戻れそうな地方民です。

    いやー、今回の花組版ファントム評、全面同意です。

    で、唐突ですが、今回の記事を拝読して、TVにちょくちょく出演しているホストの帝王、ローランドという方を思い出しました(笑)
    ローランド君、

    ・世の中には2種類の男しかいない。「俺か、俺以外か」
    ・俺のせいで、世界中のぶどうとカカオの木が絶滅危惧種。
    ・ベルサイユ宮殿に観光に行ったら「内見」と思われた。というか、オスカルって俺を意識してない?

    と名(迷?)言を連発して楽しませてくれるキャラで大好きなんですけどね。

    ローランドさんは、聖子ちゃん的というか「プロとして喜んで演じている」のがよくわかるので、安心してきゃあきゃあ言えるんですけど、

    あのころの花男のナルシズム自己陶酔芸は、傍から見ていると「ネタ」なのか「マジ」なのか、境目が見えなくてちょっと冷や冷やする(笑)

    と思っていたら、あの春野寿美礼さんも瀬奈じゅんさんも、今や良き母親として育児に奮闘中なんだものなあ…いまだに狐につままれたような気分です(笑)

  5. ちょっこー より:

    銀鏡で歌うシーンで歌い終わってからの鳴り止まない拍手の長さが、親子愛を素晴らしいものに昇華させた証でしょうね。