エリックの変遷に見る宝塚史⑤・望海風斗版『ファントム』レビュー

特別連載企画・宝塚版『ファントム』全作レビュー、

最終章は望海風斗版です。

 

レビューにあたっての諸注意は

前の記事に序論と結論としてまとめていますので、ご確認下さい。

 

【序論と結論編】

【和央エリック編】

【春野エリック編】

【蘭寿とむ編】

 

【2018年雪組公演版・キャスト表】

ファントム 望海風斗
クリスティーヌ 真彩希帆
キャリエール 彩風咲奈
シャンドン伯爵 彩凪翔/朝美絢
アラン・ショレ 彩凪翔/朝美絢
カルロッタ 舞咲りん
セルジョ/若い頃のキャリエール 永久輝せあ
リシャール 煌羽レオ
ラシュナル 綾凰華
幼いエリック 彩海せら
ソレリ 彩みちる
メグ 潤花

名作をプロデュースするということ

 

「名作」の定義とは何か。

私が思うのは、高い「独自性」と「大衆性」が

神がかり的なバランスで成立している作品であること。

そして、その時代に生きた人間たちが関わらなければ成立し得ない、

時代の風をそのままパッケージにしたような作品であること、です。

 

その意味でこの望海版『ファントム』は、

まさしく名作でしょう。

 

興味深いのは、この作品は完璧に計算しつくされた

プロデュースあってこその名作であるということです。

 

例えば、同時代の名作である明日海りお主演『ポーの一族』。

この作品も、あの時期のあの出演者でなければ公演出来ない作品でしたが、

半分は偶然の産物で生まれた、奇跡の作品だったと思うのです。

 

少なくとも明日海りおがトップスターになる段階で

『ポーの一族』を公演しようと計画していたとは考えられません。

 

一方、望海風斗が雪組でトップスターになると決まった頃には

確実に『ファントム』を公演しようと目算していたはずでしょうし、

なんなら相手役は「クリスティーヌは誰か」を前提に探していたように思います。

 

そこにあの、運命的な物語が糸のように絡まります。

ともに『ファントム』を演じたいと願い、

花組時代に一緒に「Home」を歌った2人。

 

Dream 描き続けた夢も いつか願いが叶うと分かるの

この舞台でいつの日か歌うのよ きっと叶うはずよ夢は

 

その夢は、花組から始まり雪組で結実した。

舞台とタカラジェンヌという虚像を通し、夢をかなえた2人の物語。

 

…なんて完璧なのでしょう!!

ただ歌が上手い2人が『ファントム』を演じるでなく、

そこにバックグラウンドを付け足すことで、より感動的な舞台となった。

 

これこそが「プロデュース」であり、

これまでスターの人気 だ け で売っていた時代に別れを告げた

まさに決定的作品であると私は思います。

 

宝塚らしからぬ価値観の極北

 

私はこの公演を生で観劇し、感想も当ブログで書いておりますので、

今更キャストの素晴らしさを取り上げることは致しません。

が、本当に最高でした。

 

【過去の感想はコチラから】

 

 

…なんだけれども。

初演版から通してみると分かります。

望海風斗版『ファントム』は、初演・和央ようか版とは完全に別物です。

 

和央版は、宝塚らしい夢々しさを紡ぐ愛の物語でした。

「歌が上手い」ことを魅力として構築するでなく、

あくまでエリックがクリスティーヌの愛によって救われる物語を

和央と花總を依り代として表現する世界観だったのです。

 

そして、そういう世界観が 殊 更 に好きな人は、

きっと望海版『ファントム』が許せないのだろうな、というのも分かります。

 

私みたいな雑食タイプの人間は、

望海版もなんとか宝塚イズムを感じる良いバランスだったなと思うのですが、

「ただ歌が上手いだけでは、宝塚ではない。」と、

公演を見て批判する(心の)声が上がったのも、事実なのでしょう。

 

確かに歌も演出も配役も素晴らしい。

けれども、エリックとクリスティーヌの愛の物語に見えたかと言われれば…だし、

エリックとキャリエールの親子愛の物語に見えたかと言われれば…かなぁと。

 

つまり「愛の物語」ではなく「総合芸術」を楽しむ舞台へ変容したと言え、

その意味で望海版『ファントム』はきっと、

従来の宝塚らしからぬ価値観の極北という立ち位置の作品なのだと思います。

 

このあたりは難しいですよね。

結局は受け手側の価値観によって評価が分かれてしまうわけですから。

 

ただしまぁ、当ブログで何度も繰り返し書いてますが、

「5組もあるのだからトップスターの特色は分けた方が良い」わけで、

実力主義派なら実力主義派を、

夢々しさ派なら夢々しさ派を取ればいいだけの話なんですけどね。

 

よってこの作品は、実力主義派、あるいはご新規さんに向けた

「大衆化する宝塚」としての最高傑作であり、

望海エリックは、その立役者だと言えるでしょう。

 

四者四様のエリック物語を楽しむ

 

さて、過去4作振り返って参りました。

 

序章でも書きましたが、主役たる歴代エリックたちは

演じたトップスターたちのスター性を映し

まさしく四者四様、全く違う人物像として表現されているのが面白いですよね。

 

もちろん、どの作品もそれそれの良さがありますので、

皆さんも機会があれば是非見比べてみて下さいね。

そして皆さんは、どの『ファントム』がお好きですか?

 

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コメント

  1. ちょっこー より:

    たしかに、恋愛ものも親子ものも印象か違う感じですね。
    舞台のクオリティが凄かったという印象は同感。
    めっちゃよかったですけどね!

    個人的には和央版かなぁ。

    最も孤独が似合うエリックだったから。
    愛しあえたのは一瞬でもその煌めきが良いものだったと思えるほどの花總まりのクリスティーヌの素晴らしさ。
    そもそも樹里咲穂が好きだし、暖かいキャリエールだなぁって思うし、
    安蘭けいのシャンドンのキラッキラぶりもさすが。

    シャンドンとクリスティーヌが同期で演じるのも粋だなと思う。

    あと、出雲綾の歌もうますぎる。

    たしかに、和央ようかより望海の方が歌はうまいけど、総合的な舞台技術的に見たら2018年に引けを取らないと思う。

    僕は初演推しですね!

  2. こんちゃん より:

    蒼汰様

    いつも楽しみに拝読しております。スカステ専科の地方民です。

    蒼汰様のおっしゃる
    “けれども、エリックとクリスティーヌの愛の物語に見えたかと言われれば…だし、エリックとキャリエールの親子愛の物語に見えたかと言われれば…かなぁと。”

    そこですわ。このファントムというお話は、そもそも男女の愛の物語でもなく、親子の愛の物語でもないと思うのです。

    リアルに考えたらクリスティーヌにとってファントムは「よくわからないけれど、タダで歌を教えてくれた先生には感謝しています」程度の存在で、

    キャリエールにとってエリックは「正直、心から愛せない息子」

    それが、この浮世の、「身も蓋もないリアル」なのでしょう。

    歌舞伎には「時代物」(ベルばらやエリザ的な、浮世離れした青い血が流れる者の、戦争やお家騒動の悲劇)と

    「世話物」(谷センセのバウ落語ワークショップ的な、「お金が無い!長屋の家賃どうしよう!的な四畳半泣き笑い劇」があるそうですが、

    和央さんや花總さんは時代物が似合う芸風でしたが、望海さんの芸風はリアル世話物(生世話)的で、ファントムというお話の「身も蓋もないリアル」を露呈させた。

    宝塚も芸術として「身も蓋もないリアル」をえぐりださなきゃ、と考えるか、

    客は現実生活で「身も蓋もないリアル」に疲れていて、宝塚に金を払って浮世の憂さを忘れに行くのだ、と考えるのか。

    それこそ好み、価値観の問題でしょうね。個人的なベストファントムは、本気で書き割りの森にピクニックに誘っていそうな春野さんバージョンかなあ。

  3. AKIRA より:

    雪組ファントム!
    実はこの演出が宝塚版ファントムの全てだと思っていたので、昨年、BDを買った時は毎日の様に見てました。勿論、ラストシーンではクリスティーヌ役の真彩さんの歌に涙しましたし、望海さんとのデュエットには聞きほれたものでした。でも、演劇としてみた場合はやはり和央さんと花總さんのカップルに軍配を上げますね。(個人的な趣味ですが・・・)
     望海さんは正に歌手ですね。真彩さんとのコンビでデビューしても良いのではないのかと。なんてキャッチフレーズでね(笑)
     でも、舞台演劇としてのクオリティは高いですよね。沙月さん(実はファンです(笑))をはじめとする従者やカルロッタ役の舞咲さん、彩凪さんのシャンドン伯爵はまさにニンにあってますし、朝美さんのアラン・ショレはドンピシャの役どころ。キャリエール役の彩風さんも二番手スターとしての重責をしっかりと果たしていますよね。お気に入りの朝月さんや彩さんも輝ていますし、あと、ダンサー役の華蓮エミリさんや沙羅アンナさんも、中堅どころとしてしっかりとアピールしていると思います。ちょっと気になったのは、幼いエリック役を彩海せらさんが演じている事です。過去3作は全て娘役さんだったと思いますが。。。
     近い将来、5作目が再演されるとするならば、やはり愛月さんのエリックで見てみたいですね。
     

  4. YUKIMARU より:

    蒼汰様。いつも楽しみに拝見しています。
    ファントム考、なかなか面白いです。そういうふうな切り口があるんだ、と。

    実は、宝塚でファントムが再演される度に、ちょっとがっかりしていたのです。
    歌のお話なのに、エリックもクリスティーヌも、歌が残念なことが多かったから。
    雪組のファントムを見て、
    これは、音楽へのオマージュのお話だったんだと納得したのです。
    望海さんのエリックは、小さい頃から音楽を友だちに生きてきたのが、伝わってくるし、真彩さんのクリスティーヌは、エリックに出会って、歌に磨きがかかって、エリックの思いを受けて、歌手としてオペラ座で歌い継いでいくような予感しました。
    そう、音楽って素晴らしい。
    そんな感想をいつも持ちました。

    望海さんの「ファントム」が、結果的にCSの番組の短いデュェットかきっかけだったかもしれないけれど、番組収録語の真彩さんが星組に組み替えになったことを思えば、計画的なコンビとは思えないところもあるかな、と思いました。
    それから、明日海さんを主役にと考えた「ポーの一族」も、決して偶然のものとは思えないです。芹香斗亜さんを組み替えさせてまで、実現したかった舞台だと思いますから。
    それにしても、
    「ファントム」の作曲家のモーリー・イェストンさんや「ポーの一族」の原作者の萩尾望都さんを感激させたのですから、
    宝塚の舞台は 流石だな、と思ったことでした。